毎日毎日、同じサイクル。 朝起きてご飯食べて学校行って。 遅いって跡部に怒られて、朝練して、勉強して。 昼寝して、テニスして、友達と話して、遊んで。 家に帰ってベッドに入って、夢を見る。 そんな、ありきたりな日々が俺を包んでいた。 |
| The first day |
学校からの帰り道。 春は桜並木に包まれるそこは、今はもう葉を落として寒々しい色に変わっている。 ひゅう、と音を立てて通り過ぎる北風に身震いして、コートの前をぎゅっと合わせた。 「うー……さっみぃ…」 手袋をしていない手にはぁ、と息を吹きかけて。 ふ、と上を見上げる。 寒々しい空、薄雲に隠れた太陽。 景色はどれも冬を物語っていて、どこか寂しい気もする。 何故だか無性にそれが悲しくて。 思わず、目線を下げた。 見えたのは空ではなくて、桜並木の向こう側。 古いようだけど清潔な印象のある建物。 いつか気になって覗いてみたけれど、病院みたいだった。 その時は別に、俺には関係のないことだって思っていて。 でも、そこを通るとなんとなく見上げてしまう。 何度も見上げているうちに、一つ、いつも同じ部屋のカーテンが閉まっていることに気付いた。 他の部屋は時々開いてるのに、一つだけ。 時々人影が見えるだけで、カーテンは引かれたまま。 なんだかどうしようもなく気になって、今日もその部屋を見つめた。 「……あ。開いてる。」 退院したのか、違う部屋に移ったのか。 それとも最初から空き部屋だったのかはわからないけど。 それでも、まだどこか気になって。 あそこの部屋はどんな人が暮らしていたんだろう そんな邪念を無理やり振り払って、また歩く。 パキ、と小枝の折れる軽快な音と共に。 みゃあ、みゃあ か細い鳴き声と、くすくすと笑う声。 それから、チリン、と鈴の音。 たまに近所の子供達が遊んでる、寂れた公園。 いつも見上げる病院から少し進んだところにあるそこも、いつも素通りする場所だった。 ひょこっ、と顔を出して、覗いてみる。 しゃがんだ女の子が、くすくすと笑ってる。 あれ? ふ、と公園を見渡す。 ここって、こんなに綺麗だったっけ。 風が木を揺する音と、か細い鳴き声とくすくすという笑い声。 北風は時々ひゅう、と音を立てて。 その静寂な優しい空間が、なんだかすごく綺麗に見えた。 ふらふらと女の子に近づいていく。 それは単なる好奇心だったと思うけれど。 「子猫?」 「うあっ」 後ろからひょっこりと顔を出して問えば、驚いたように変な声を上げて振り返った。 面白いな、と思いながらも鳴き声の主である猫を抱き上げる。 ふわふわとした、真っ白な子猫。 手が、少し曲がっていた。 「かわEーね。・・・君の?」 自己紹介とかしないで失礼かな、とは思ったけれど。 でも、別にいいか、と思う自分もいて。 正直面倒だったのかもしれない。 俺はただ好奇心でふらふらと近寄っただけだったから。 「えっと…」 案の定困っている様子の女の子を見て、苦笑する。 名前は別に言わなくていいや、早く帰って寝よう。 考えながら、子猫の前足をぴょこぴょこと動かしてみる。 不思議そうな顔をした子猫の首でチリン、と小さな鈴が鳴った。 「……私のじゃ、ないです。捨てられてたから…放っておけなくて。」 申し訳なさそうな笑顔。 別にそんな顔しなくてもいいのに。 捨て猫なのに変に構ったらダメだから? 捨て猫なのに変に希望もたせたらかわいそうだから? 好奇心が疼いて、次々興味がわいてくる。 「この子、足曲がってるでしょう?怪我してるみたいだから…さっき、家から包帯とか持ってきたんです。」 「………これ、治るの?」 疑問に思ったから聞いた、ただそれだけ。 この曲がった足はどう見ても骨がイカレてる。 生まれつきか事故かはわからないけど、包帯だとか普通の家にあるようなもので治るとはとても思えなかったから。 悪気なんてどこにもなかった。 けれど、この女の子が一瞬だけ悲しそうな表情をして。 それが、なんだかすごく気になったんだ。 「…治らない、かもしれないけど。でも、まだわからないから。明日何が起きるか…それは、誰にもわからないんですよ。」 どきっとした。 笑顔が凄く可愛いな、って。 そんな漫画みたいなことを思ってしまった。 「あ、そうだ。まだ自己紹介してませんでしたね。私、っていいます。歳は今年で15です。」 にこりと微笑んで、俺の手から逃げた子猫を抱いて言う姿を素直に可愛いと思った。 女の子---ちゃんがすくっと立ち上がったのを見て、俺も立つ。 背が低めなのか、俺を軽く見上げる形になる。 「俺、芥川滋郎。俺ももう15歳。よろしくね、ちゃん」 お前もよろしく、とばかりに子猫の頭も一撫で。 気持ちよさそうに瞳を細めるのが可愛かった。 でも、同時に気付いてしまった。 ちゃんの手が、腕が。 不自然なほどに細くて白いことに。 「…このままここに置いてったら、死んじゃうのかな。」 一瞬、悲しそうに瞳を伏せて。 次に瞳を開けたときには、何か決心したかのように微笑んで。瞳には、きれいな光が宿っていて。 だけど。 「…私、この子飼います。このままここに置いていくの…嫌、だし…。」 そう言って、愛しそうに子猫を見つめる顔も、とても白くて。 あれ。 女の子って、こんなに白かったっけ。 小さな疑問が浮かんだけれど、すぐに泡となって消えた。 それからちゃんの家に着くまで、二人でゆっくりと話して歩いた。 方向は俺の家と同じ。 そのくせ、この辺りでは有名なのに氷帝の「ひ」の字も知らなくて。 好きなテレビ番組、好きなお菓子、好きな芸能人。 俺くらいの年代は興味を持つ話題も、「よくわからない」と苦笑する。 小さな疑問が大きくなって、それを聞いていいのかだめなのかすらわからなくなってくる。 この子はどんなことが好きなんだろう、何をしている時が一番楽しい?幸せ? 俺は物分りも頭もそんなによくないから、わからない。 ちゃんの腕の中で暖かそうに眠る子猫はわかってるのかな、ちゃんのこと。 俺がわからないことでも、動物ならわかるんだろうか。 途方もなく考えて考えて、頭がパンクしそうだった。 タイミングよく侑里ちゃんの家についたのを一瞬でもありがたいと思ってしまったのも、本当。 「送ってくれてありがとうございました」 「や、気にしないでいいよー。俺もどうせこの先だから。」 ありきたりな別れの挨拶。 ばいばい、またね。 "また"ね、なんて。 きっともう会うことはないんだろうな、そう思っても言ってしまう。 社交辞令、ってやつなのかもしれない。 「あ…あの、芥川くん」 踵を返した俺の服がくいっと引かれて。 見ると、小さな白い指が、力なく俺の服を掴んでいた。 行かないで、とでも言うように。 「んー?どしたの?」 「あ、の……芥川くん、に、お願いがあるんです。」 まさか付き合ってほしいとでも言われるんじゃないか。 ああ、今日の俺はなんか漫画みたいなことばっかり考えてるなぁ。 「一週間でいいんです、一週間…一緒に、いてくれませんか。」 ほら、やっぱり。 漫画みたいな台詞だけど、これは告白なのかな。 だったらやっぱり、断らなきゃ。 ごめんね、付き合えないよ、って。 でも、言葉をいくら紡ごうとしてもなかなか言い出せなくて。 言いたくなかったのかな、心の奥底では言いたくないって思ってるんだろうか。 それに、一週間だけなら。 その短い間だけなら別にいいかな、なんて考えてしまった。 気付くと俺は、いいよ、と返事していて。 その瞬間、ぱっと顔を輝かすちゃんをやっぱり可愛いと思ってしまった。 それでもどこか、心の中ではつっかかるものがあって。 「ねぇ、ちゃん。」 疑問は口をついて出た。 「なんで一週間なの?」 少しの間、驚いたような顔をして。 それからすぐに、にこ、と。 儚く微笑んで、言った。 「私には、一週間しか時間がないから。」 疑問は深まるばかりだった。 わからなくなってく、どんどん、どんどん。 何のことかわからないけど、一週間しか時間がないなら。 その時間を俺と一緒にいたい、って言ってくれるなら。 別にいてもいいかな、なんて。 思って、しまったんだ。 携帯の番号とアドレスを交換して、本当に"バイバイ"。 でも、それは本当に"また"ね、になった訳だけど。 また夜にでも電話するね、メールでもいい。 今度どこか遊びに行こうか、どこに行きたい? まるで恋人同士みたいだ。 いつの間にか空は夕焼けの綺麗な朱色にかわってた。 ガチャン、と鍵の開く音。 侑里ちゃんは扉に手をかけながら、俺に向かってにっこりと微笑む。 「芥川くん、この子の名前・・・にしようかな、って…思ってるんです。お父さん達が---」 真上を通った飛行機の音で、最後はうまく聞こえなかった。 もう一度、という前にちゃんは家の中へと姿を消してしまったけれど。 最後に振り返って俺を見て、にこっともう一度微笑んだ。 それがすごく可愛くて--- あれ? 俺、なんでこんなにちゃんを気にしてるんだろう。 あれ? 俺、なんでこんなに不安になるんだろう。 あれ? 俺、なんでこんなにちゃんのことばかり考えてるんだろう。 胸が心地よく不安定にズキンと疼く。 微かな痛みの理由は、自分でもなんとなくわかってはいた。 一日目、俺は彼女に恋をした。 |