毎日のように、女の子達が騒いでる。
音楽の話、テレビの話、それから好きな人の話。
なんとかクンがカッコイイとか、今朝、手を振ってくれたとか。

でも、恋ってそんなに楽しいものなのかな?
恋って、胸が苦しくなって息が詰まって、すごくすごく辛いものだ、って

何かの漫画で、読んだ気がするけれど。



       The second day   




ぬくぬくと、ふわふわとしたまどろみの中。
微かに耳に届いた軽快なメロディーで、半ば無理やり眠りの世界から引きずり出された。

せっかくいい気持ちで寝てたのに。

至福の時を無理やり奪われた俺は、八つ当たりするように乱暴に携帯を開く。
だけどその文字を見た瞬間に、眠気眼はぱっちりと開いた。

〔メール着信 1件:

急いでカーソルを動かして、届いたばかりのメールを開く。
そういえば着信音が、彼女専用のヤツだったっけ。
なんて、頭の片隅で思いながら。

『おはよう、芥川くん。起きてますか?
私は今、にミルクをあげてます。小さい口で、ちょっとずつ飲んでるのを見て、なんだかお母さんになったような変な感じです。
変かな?(笑)

芥川くんは何してますか?
もしかして、このメールで起こしちゃったかな…?』

読み終えて、自然に緩んでる口元に気付く。
画面の下に表示されるデジタル時計は、11時25分を知らせてる。
この時間で゛起きてますか?゛なんて、普通はおかしいのだろうけど。
昨日、俺が寝坊助だって言ったことを覚えててくれたのかな、なんて。
実際このメールで目が覚めたわけだけど。
全然不愉快なんかじゃなくて。

「…って、これが跡部とかだったら…同じようなメールでもめちゃくちゃ腹立ててんだろーなー…俺。」

くすりと笑って、こんな俺もたまには悪くないかなぁ、なんて思いながら。
カーソルを動かして、返信の文字を押して。

ぬくぬくと、ふわふわとした布団の中から頭と腕だけだけ出して。
カチカチと文字を打ち込んだ。


『おはよ、ちゃん。』










氷帝を知らないって辺りから、世間知らずだな、とは思っていたけど。
まさかここまで世間知らずだとは正直、思わなかった。


数回のメールのやりとりで決まった゛今日の予定゛。
どこに行きたい?遊園地?渋谷?原宿?
返ってきたメールを見て驚いた。
遊園地も渋谷も原宿も、行ったことが無いなんて。
それじゃあ尚更連れてってあげたいって思って、俺は一人ではしゃいでいたのかもしれない。
最もありきたりなデートコースである映画館を選ぶなんて、正直思ってもみなかった。
更には待ち合わせ場所にしようと思った、例えばハチ公。
それでさえ、知らない。
名前は聞いたことあるけど、と付け足されたメールからはすまなそうな雰囲気が漂っていた。

なんだか、調子が狂う。
俺が今まで付き合った子達はみんな、キラキラした服と、何度も重ねたマスカラと、ピンクや赤のグロスと。
ペアリングとかねだってきて、こっちの店がいい、あっちの店がいいと俺を振り回して。
俺自身、それは単なる暇つぶしにすぎなかったから別にいいんだけど。
ちゃんはまるでその子達と違っていて、なんだかちょっと落ち着かない。
妙な緊張感と一緒に感じる、胸の奥の暖かさ。

やっぱりこれが、女の子達の騒いでいる゛恋゛ってヤツなんだろうか。
だとしたらあの漫画の台詞は嘘っぱちだ。
だって、胸の痛さや息苦しさなんて微塵も感じないのだから。


俺の隣でただ一生懸命、大きなスクリーンを見つめるちゃんの横顔を、ただキレイだな、って思うだけ。



「あー面白かったぁ。さすが全世界で大人気のシリーズですねーっ」
「うん。公開からもう一ヶ月近く経つってのにランキング5位以内入ってるCー」

忍足に感謝しなくちゃ。

メールのやり取りの後に速攻で忍足に電話して、女の子も楽しめて、俺もまだ見たこと無い面白い映画はないか、って無理やり問い詰めた。
最初に言った映画の名前がすごくマイナーなラブロマンス系だった時には、ぶん殴ってやろうか、とか思ったけど。
大人気シリーズの4作目。
分厚い本二冊分の内容をぐっと閉じ込めていて、純粋に面白かった。
ご丁寧に即座に携帯で座席までとってくれた忍足にも、純粋に感謝だ。
(しかもすごくいい席だった。穴場、って言うのかな、こーゆーの。)

「大丈夫?ちょっと疲れた?」
「ううん、平気。座りっぱなしは慣れてるし、ね。」
にこっ、と微笑んで言うちゃんの言った言葉の意味は、まだ、よくわからなかったけど。
深くは考えないで、辺りを見渡す。
3時を過ぎたこの時間。
デートの王道コースといえばやっぱりオシャレなカフェなんだろう。

いつも主導権を握っていたのは女の子の方だったから、手順とか、なんだかよくわかんないけど。
とりあえずどこか良さそうな喫茶店に入れば大丈夫だろう。
「どこか喫茶店でも入ろっか?お茶飲んで甘いもの食べよ。」
「うん。甘いもの、かぁ…ケーキとか置いてます?」
「んー…多分。苺のショートケーキは欠かせないよね」
「あと、チーズケーキとかガトーショコラも!」
にこにこと笑いながら、俺の半歩後ろをとことこついてくる。
なんだかヒヨコみたいだなぁ、なんて思って、くすりと笑みをこぼす。
ちゃんの笑顔は好きだ。
純粋に、楽しそうに、嬉しそうににっこりと笑いかけてくれるから。

「んー……なんか、あんまり良さそうなトコないなー」
「うん…あの、私、ガトーショコラとかなくても…いいですよ?」
「だーいじょぶだって。ちゃんとガトーショコラもあるとこ、すぐ見つけるから。ちゃんは安心して俺についてきてEーよ?」
それを聞いたちゃんがまたにこっと笑うのが、すごく嬉しい。
早くお店を見つけて、あったかい紅茶とか飲みながらガトーショコラを二人で食べたいな、なんて。

たしか近くに、前に付き合ってた子が教えてくれたおいしいお店があったっけ。
出来ればそこに連れて行きたくなかったけど、他にアテもないし。
甘いもの好きな向日にでも聞いてくればよかったな、なんて思いながらもそのカフェに向かう。
今更後悔しても仕様がないし、きっとまたこんな機会、何度か巡ってくるんだろうし。

甘くみてた部分も、あったのかもしれない。




あったかいロイヤルミルクティー。
ふんわり柔らかいクリームと、こってりしすぎてないガトーショコラ。
コーヒーの香りが鼻を掠めて、ショートケーキの苺は鮮やかな緋色をしてる。
アンティーク調の店内は、ゆったりとしたクラシックのような音楽が流れていて。
(ボサノヴァ、っていうのかな。こーゆーのって。)

やっぱり、このお店にしてよかった。

「オイCー?」
目の前で美味しそうにケーキを頬張るちゃんが可愛くて、思わずくすくすと笑った。
ほっぺたにクリームをつけてこくこくと首を振る姿がなんとも愛らしくて、声を立てて笑った。
顔を赤くしてほっぺたのクリームを取る姿も、一口欲しい、と遠慮がちに言って、俺のショートケーキを一カケ口に運ぶ姿も。
なんだかどこかたどたどしくて、放っておけなくて。
なんていうのかな、こーゆー気持ちって。
母性本能?でも俺は男だし。
猫かわいがり?これも違う。
独占欲?もっと違う気がする。

なんだろう、この変な気持ちは。
幸せなのに、妙な違和感がする。


もう夕焼けなんて通り過ぎてしまった5時過ぎ。
ちゃんを家まで送って、別れるときになんだか無性に寂しくなった。
悲しくなった、の方が正しいかもしれない。
なんだか胸がチクチクと、否、ズキズキと痛んだ。
痛くて痛くて、それでも別れ際に言ってくれた言葉がひっかかって、優しく痛みを溶かしていくようで。

「今日はありがとう、芥川くん。すごく楽しかった。また今夜、メールしますね。じゃあ……また、明日。」

ああ、また明日会えるんだ。そう思うと心が少し軽くなる。
でも反面、別れるのが嫌で嫌でたまらなくて。
胸がキュウ、と収縮するような感じ。痛くて痛くてたまらない。
気道が半分閉じてしまったような感じ。苦しくて苦しくてたまらない。
辛くて辛くてたまらない。
でも、しあわせだ。うれしかった、うれしい。
今日、すごく楽しくて。
今日、すごく幸せで。

変な話だ。
楽しいのに幸せなのに嬉しいのに、すごくすごく痛くて苦しくて辛いんだ。


こんな気持ち、俺は知らない。