街は電飾に彩られ、キラキラした光に包まれて、 そこら中の店で流れるクリスマスソングが幾つも重なって。 それは本当ならとてもキラキラとした空間で、心が浮き立つような、そんな場所のはずで。 なのに今は、そんなものは全て騒音に聞こえる。 出来ることなら静かな場所でちゃんと二人でゆっくり過ごしたい、なんて思う俺は欲張りなんだろうか。 |
| The fifth day |
今日を入れて、あと3日。 俺達に残された時間はたったそれだけで、時間に直すとたったの72時間だ。 一分一秒も惜しいって、こういう時に使うんだろうか。 だけどそれでも俺達は今日何をするか、なんて決めているわけでもなく。 とりあえず駅前のマックでご飯を食べてるわけだけど。 ホントはファーストフードじゃなくて、高くてももっと美味しいものを食べさせてあげたいけど生憎俺は跡部みたいにお金持ちじゃないからそれはちょっとばかり不可能なわけで。 (ああ、なんかそれってちょっと虚しいなぁ) 「ちゃんさ、どっか行きたいとことかないの?マジで。」 「う…だって思いつかないし。慈郎くんこそないの?」 「俺はEーの。行きたいとことか特にないし、したいことも…てゆーか俺の好きなことって寝ることとテニスくらいだしさー」 そうだ、ちゃんは世間知らずサンなんだから俺がエスコートしてあげないといけないはずなんだ、ホントは。 でも、だからって遊園地はクリスマスシーズンの今、人込みでごった返してるし。 俺自身どこか行きたいところもやりたいことも思い浮かばないんじゃどうしようもない。 (というか俺はただ、ちゃんと一緒にいられればそれだけでいいのだけれど。) 「あ、じゃあ…」 ちゃんが思いついたように言ってから、5つの錠剤と3つのカプセル薬を水で飲み込む。 昨日聞いた話ではこの薬は病気の治療のためで、まだ試験的なものらしい。 これを飲めば一週間は生きていられるし、健常者みたいに普通に動ける。何の障害も無い。 でも、副作用のような感じで丁度一週間後には死んでしまう。 もう助からないと宣告された時、そのままずるずると明日死ぬともわからない日々を辛い治療を続けながら生きていくか、一週間精一杯楽しんで、やりたい事をやって一生を終えるか。 その二つの選択肢しか残されていなかったら、俺ならどっちを選ぶだろう。 (きっと、俺は後者を選ぶだろうな。ちゃんと同じように。) 「慈郎くんのテニス、見てみたいな。」 「……マジ?」 世間はクリスマスシーズン。これが浮き足立つ世の中に背きながら過ごす3日間の始まりだろうか。 テニスは好きだ。すごく好き。 跡部や忍足みたいな強いヤツと対戦するのも楽しいし、一人で壁打ちするのも嫌いじゃない。 公の試合はわくわくして勿論大好きだし、あの心地よい緊張感と氷帝コールに包まれるコートに立つのも気持ちいい。 小さな仲間内の試合だって、お互いを高められるカンジがすごく好きだし、何より楽しい。 俺はとにかくテニスが大好きで、その気持ちを共有できることは何より嬉しいんだ。 だから、ちゃんみたいな初心者に俺の大好きなものを教えるのだって大好きだ。 「いい?これがウェスタングリップっていってーこれがイースタングリップ。イースタンは握手するみたく持って。」 「こう?」 「そーそー。俺はウェスタンよかイースタンのが好きなんだ。回転とかかけれるし。」 ちゃんと出会ったこの公園にはちょっとした壁もあって、中学に入ったばかりの頃はよくここで壁打ちをした。 その跡は今でもちゃんと残っていて、ちょっと懐かしく思う。 そこは昔も今も全然変わりなくて、ただ一つ違うことといえば隣にいるのが跡部や宍戸じゃなくてちゃんだってこと。 (そういえば小さい頃はよく、跡部の家のテニスコートで勝負したっけ。跡部とも宍戸とも、その頃は身長もほとんど一緒だったなぁ) 「ねぇ、慈郎くん。サーブ打ってみせて、サーブ」 「サーブ?おっけー。俺様の美技に酔いな、なんつって」 ボールを打つ瞬間が好きだ。 ぱん、って音と共にボールは遠くへ飛んで、壁に跳ね返る。 俺は打った瞬間にいつものようにネット際へ駆け寄ろうとするけど、壁は近すぎて駆け寄る必要なんて無い。 2、3歩前に出てしまったけど、跳ね返ってくるボールの早さに立ち止まって打ち返す。 また音がする。 ぱん、って音がして、ボールが飛んで、壁に当たって、跡がついて、跳ね返ってきて、俺はまたそれを打つ。 その繰り返しだ。 壁打ちって結構単調なことなんだなぁ、とかぼんやりと考えながら打ち続ける。 ちゃんが少し離れたところで笑いながら見ている。 ああ、ここがコートだったら俺のネットプレー見せてやれるのに。 少しの間そうやって打ち続けて、最後にちょっと軽めに打って跳ね返ったボールを手でキャッチする。 ちゃんがすごいと口にしながら手を叩いている。 「どーよ。俺、結構うまいだろ?」 「うん、すごい!すごい綺麗だった!」 きれい? そっか、綺麗なんだ。 学校で打ってるときは女の子達がカッコイイって叫びながらキャーキャー喚いてるけど、ちゃんから見ればそれはキレイ、なんだ。 なんだかそう思うと、やっぱり他の子と違うなって思う。 なんていうか、感情の表し方がちょっと違う。 (病気の所為なのかなって、どうしても考えちゃうけど。) 「んじゃちゃんも打ってみる?芥川センセーが指導してあげまっしょー」 「え、ホント?じゃ、センセーよろしくお願いします」 くすくすと笑いながら、サーブの打ち方を教えて。 弱々しいけどなんとか打てるようになったら、次は跳ね返ってきた球の打ち方。 フォームとか全然なってないし、威力もなければ小技もないけど、それでも笑いながらできたらそれでいい。 テニスはスポーツだし、競技だし、俺のいた氷帝テニス部なんて実力主義で勝ってこそ、っていう世界だけど、 それでもやっぱりテニスは好きだからやるもので、趣味の一つで、やっぱり楽しくなきゃいけないと思うんだ。 跡部は小さい頃からスパルタみたいに色々やってきたんだろうけど、俺は強くても弱くても楽しく出来ればそれでいい、って思う。 「お、結構いい感じじゃん。ちゃん才能あるかもよー」 「あはは、本当?ねぇ、慈郎くん。テニスって楽しいね」 後ろから抱きしめるように手を持って、導きながら打つ。 今まで付き合った子でもテニスを教えてほしいって言ってくる子は沢山いたけど、こうやって教えたことはなかった。 ちゃんの髪のいい香りがして、細くて柔らかな肌に触れて、なんだか顔が少し熱い。 心なしかちゃんの顔も少し赤い気がするけど、気にしないように努力する。 もし気にしてしまったら、なんだかそのまま大切なものをぐちゃぐちゃに壊してしまいそうだから。 (大切に大切にしているものを壊したいって思う変な気持ちは今までもたまにあったけど、それが実現するのはものすごく悲しいことだから。) 時間はお昼を過ぎて、多分2時か3時くらい。 時計はあるけど見ようとは思わない。 自販機で買ってきた飲み物を片手に二人でブランコに座って、話す。 風はひんやりと冷たいけれど、運動後の少し熱くなった体には丁度いい。 汗が冷えて風邪をひくと困るから、コートは羽織っているけど。 「慈郎くんって教え方も上手だね。テニス、好きになっちゃった。」 えへへ、と笑いながらオレンジジュースを飲んで、ゆっくりと柔らかく俺に笑いかける。 俺はにこりと笑い返して、このひと時をすごくしあわせに感じながら空を見上げる。 空は相変わらず薄雲で灰色に染まっていて太陽は見えない。 だけどそれでも小さく光は届いていて、決して真っ暗にはならない。 昼間は薄雲に隠れた太陽の光、夜は星と月。 真っ黒に染まる時間なんてひとときも無いんだ。 「ねぇ、ちゃん」 ふ、と気になって聞いてみる。 「あの日さ、俺とちゃんが初めて会った日。なんでココにいたの?」 本当はずっと気になっていたのかもしれない。 だけど聞く理由がなかったし聞いていいことなのかもわからなかった。 人には人の領域があって、一人一人踏み込んでいい範囲ってのがあって、俺はまだそれを聞いちゃいけないって思っていたから。 でも、ふ、と口をついて出たのがその言葉で。 ふ、と頭に浮かんで、そのまま口にしてしまった。 あとからしまった、って思ってもそれはもう遅くて、ちゃんは少し困ったように微笑んで俺を見つめている。 ああ、やっぱりまだ俺はそれを聞く権利を持っていなかったのかな。 「…あの日、退院したの。12月19日の午前10時。」 俺はその日終業式で、学校は11時に終わって帰るところだった。 「一週間、何しようかなって考えてた。親に言ったらね、あなたの好きなことしなさいって。家にいてもいいし、望むならどこにでも連れて行ってあげるよ、って。」 俺はこれからの冬休み、どう過ごそうかなって考えてた。宿題して、時々学校に行ってテニス部の練習見て、寝たりゲームしたりしてごろごろしようかな、って思ってた。 「でもね、あと一週間あるんだから今まで出れなかった外に出て、人と関わりたいなって思ったんだ。それでね、賭けたの。」 ちゃんはそこで一旦言葉を切って、ゆっくりとジュースを一口飲んだ。 俺も釣られて一口飲んで、またちゃんを見つめる。 それはとても神聖な儀式のようにも見えたけど、どうにかして気にしないようにした。 自然と鼓動が早くなっている気がする。 「この公園にしばらくいてみて、最初に声をかけてくれた人と一緒にいよう、って。」 それはとても単純な賭けで、どうしようもないほどくだらなく思えるけれど。 それでも、そんなどうしようもない賭けに全てを委ねてみるのもいい。 考えて考えて頭がパンクしそうになっても、そんなに悩んで考えても答えが出ないならきっとどれだけ考えても答えは出ない。 だったら、単純なバカバカしいことに全て委ねてそのままぼんやりしてればいい。 それが悪い結果になることはないって信じたい、って、そう思う。 「最初に声、かけてくれた人が慈郎くんでよかった。ねぇ、慈郎くん。……好きよ。」 ああ、しあわせだ。 好きな人に好きだって言ってもらえて。 だけど、それでも俺はまだ言っていないし、言うことが出来ない。 ただ、うん、って頷いて、ありがとう、って微笑むだけしか出来ない。 言ってしまえばこのしあわせが倍以上になることはわかっていても、一番最後に残る悲しみや寂しさや虚しさを思うとどうしても口にすることが出来ないんだ。 俺はまだ一度も、彼女に好きだと言えていない。 |